先月、私が卒園した希望が丘教会付属めぐみ幼児園で担任をしてくださった先生の古希のお祝いを開きました。集まったのはかつての園児たち11名。50歳を過ぎた私たちが、伊勢や新潟など遠方からも駆けつけ、中には30年以上ぶりに再会する友もいました。

感謝なことに、今も教会を通して先生とのつながりが続いていたこともあり、私が幹事役を務めさせていただいた。幼稚園の同窓会など、教会という土台がなければ、なかなか実現しなかっただろうと思う。
思い出話に花が咲く中、誰もが口にしたことがありました。それは「あの時、私たちは本当にたくさんの愛をいただいた」という共通の実感です。 私たちは第二次ベビーブーム世代で、子どもが溢れていました。外国にルーツを持つ子や、重度の自閉症を抱えた子、今でいう「発達障害」と思われるような子も一緒に過ごしていました。それでも、誰一人として枠に押し込められることなく、それぞれが「その子」として尊重され、丸ごと愛されていた。皆が同じ記憶を抱き続けていたことに、私は深く心を動かされました。
会の終わりに、ある友人のリクエストで、先生が一人ひとりの名前を呼び、昔のように頭を撫でてくれました。50歳を過ぎた立派な大人たちが、その瞬間、揃いも揃って涙をこぼしたのです。 この年齢になるまで、それぞれの人生に口に出せない悩みや戦いがあったはずです。しかし、先生の手の温もりに触れた瞬間、幼い日に確かに感受した無条件の「愛」が、心の奥底から溢れ出したに違いありません。
「最も大いなるものは、愛である」。聖書のその言葉が、理屈ではなく、確かな手のひらの感触として胸に響く夜でした。
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