3月10日にふくらはぎを痛めていらい、以来、思うように走れない日々が続いている。
トラックレースに向けて心拍を追い込み、スピードの限界を覗き込みたいという欲求はある。しかし、身体がそれを拒む。今シーズンを締めくくるはずだった三月末のレースも、結局は出走を断念(DNS)せざるを得なかった。
昨シーズンは苦い一年だった。
マラソンを始めてから今日まで、幸いにも自己ベストを更新し続け、三時間を切る「サブ3」も守り続けてきた。それが、50歳を数えた途端、一度も3時間を切ることができなくなったのだ。
特に、昨年の「ぐんまマラソン」での失敗は、牧師という立場でありながら「何か呪われているのではないか」という不穏な考えが頭をよぎるほど、私を打ちのめした。昨日までの自分ができていたことが、今日突然できなくなる。その不条理を受け入れるには、「50」という数字は少しばかり重たかったのかもしれない。
しかし、立ち止まっている時間は、決して空白ではない。
今はまず、この傷ついた足を癒すこと。そして再び走り出せる日が来たら、何よりも「ジョグ」を慈しむことから始めようと思う。
派手な練習で一足飛びに高みを目指すのではない。薄皮を一枚ずつ重ねるように、日々の積み重ねを信じてみたい。
来シーズン、私は再びあの「ぐんま」の地へ立つ。
来シーズンの目標は、ぐんまでのサブ3、そしてその先にある自己ベスト更新。2時間45分切りという、かつての自分さえ想像しなかった領域を切り拓くために。
焦りはある。もどかしさもある。
けれど、走れない季節に蓄えたこの静かな熱量こそが、次の私を押し上げてくれると信じている。
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