2025年も、残すところあと数時間となりました。
今日は、明日の元旦礼拝、そして1月4日の主日礼拝に向けた説教の準備をして過ごしました。その合間に、少しだけ机の周りを整理⋯⋯。積み重なった書類を片付けながら、この一年間に巡り会った一人ひとりの顔や、共に捧げた祈りを思い起こしまた。
今朝、ローズンゲン(日々の聖句)によって与えられたのは、このような言葉でした。
「主はあなたの地境に平和を造り出す。」(詩編147編14節)
「平和を造る人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節)
この「平和」という言葉の重みを、これほどまでに切実に感じた一年はなかったように思います。 2025年も、ウクライナとロシアの戦火は絶えず、ガザでは「暴力の嵐」としか言いようのない、あまりにも凄惨な光景が続きました。戦後80年という節目を迎えながら、私たちは平和への道を歩んでいるのでしょうか。かつて来た道へと引き返しているのではないかという不安が、拭い去れずに胸をよぎります。
目を教会に転じれば、少子高齢化や教勢の低迷など、将来への不安を数え上げればきりがありません。目の前の現実だけに心を支配されてしまえば、どこにも希望を見いだせないような、暗い世界が広がっています。
しかし、にもかかわらず――。 私たちは今、降誕節(アドベントから続くクリスマスの喜び)の中にいます。
まことの光であるキリストが、この不完全な私たちの間に宿ってくださった。その驚くべき恵みを祝い、喜ぶ中で、私たちは新年を迎えようとしています。
キリストなしにこの世を見れば、力ある者の支配に圧倒され、立ち尽くすしかないかもしれません。けれど、私たちは知っています。この世の権力ではなく、キリストの命こそが永遠に続くものであることを。
私たちは決して失望しません。2026年も、ただキリストの愛に根ざし、キリストの命に生かされ、キリストが示された平和の道を一歩ずつ歩んでいきたいと願っています。
今年も皆様の温かな祈りに支えられ、今日という日を迎えられたことを心から感謝いたします。 新しい年が、皆様にとって、そしてこの世界にとって、主の平和に満ちたものとなりますように。
来年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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