3月6日(金)、世界祈祷日の礼拝を終えた後、夕方から目白にある母校・日本聖書神学校へと向かいました。この日、我が日本中会の神学生である内田弥生さんが、晴れて卒業の日を迎えられたからです。

会場には、彼女を送り出し、これから伝道師として迎える「あさひ教会」の方々を中心に、中会の仲間たちが大勢駆けつけました。

「夜学」という名の、孤独でタフな格闘

日本聖書神学校は、「夜間」に学ぶことのできる神学校です。 学生たちは皆、昼間はそれぞれの職場で働き、夜に神学の深い森へと分け入ります。仕事の疲れから、いつの間にか講義が「寝学」になってしまうこともしばしば。

神学を学ぶことは、自らの信仰の根源を激しく問われる営みでもあります。それには強靭な精神力が必要ですが、久しぶりに夜の神学校に足を踏み入れ、改めて痛感したのは「何より体力勝負の場所だ」ということでした。

かくいう私も、20代の神学生時代、学業と生活のストレスから頭に5個も円形脱毛症ができました。内田さんもまた、横浜での「フレンドシップあさひ」の働きを担いながら、長距離を通い抜かれました。私よりもずっと豊かな人生経験を積みながらこの過酷な数年間を完走されたその姿には、ただただ尊敬の念しかありません。

唯一の「後ろ盾」を信じて

今回、私は中会議長として祝辞を述べる機会をいただきました。久しぶりに母校の空気に触れ、自らの「原点」を激しく思い起こされる時となりました。

祝辞では、私の脱毛症のエピソードと共に、かつて自分が伝道師として任職される際に、恩師・朝山先生から贈られた言葉を分かち合いました。

「『わたしは、あってある者』。このお方が、あなたを召された。そのお方だけが、伝道者の後ろ盾だ」

伝道者の道は、平坦ではありません。必ず紆余曲折があり、時には「もう無理だ」と弱音を吐きたくなる夜もあります。聖書の偉大な預言者エリアでさえ、疲れ果てて座り込んだことがありました。

そんな時、私たちを支えるのは、自らの能力でも実績でもなく、ただ「私を呼んでくださった主の召し」だけです。祝辞を述べながら、私自身もまた、その原点に立ち返り、自分自身に言い聞かせるような思いでした。

3月22日伝道師に任職される内田さんのこれからの歩みが、この「唯一の後ろ盾」によって支えられ、豊かな実りをもたらすものとなるよう、心から祈ります。そして、これからは同労の友として共に歩み続けたいと思います。

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