愛の反対は無関心

2022年3月のアンデレ会のお便りから

小さな子どもが泣き叫ぶ映像を観るたびに胸が痛みます。幼い子どもを爆撃で殺された母親の涙に心が引き裂かれる思いがします。「なぜ21世紀にこんなことが起こるのですか!」ウクライナの20代の女性がカメラに向かって怒りをぶつけていました。

燃料費が上がった。小麦粉の値段も先行き心配だ。ロシアからの水産物はどうなるのか? 戦争のニュースと共にそのようなことが報じられています。それらは確かに私たちの生活に直結することです。でも、複雑な気持ちになります。人間は、結局は自分に関わること関心を持つという己の現実を突きつけられているように思うからです。

1994年に起こったアフリカのルワンダの大虐殺を描いた「ホテル・ルワンダ」という映画があります。あるジャーナリストがジェノサイだの只中で、「世界中の世論にこの惨劇の映像で訴えれば世界が助けてくれる」と語ります。しかしその友が言うのです。「みんなニュースを観て『大変だ』、『怖いね』と言うだけでディナーを続けるよ」と。心に痛みを覚えながら、でも自分の生活に追われて一日を終える自らの日々を考えさせられます。

沖縄の伊江島で平和運動をリードしたキリスト者の阿波根昌鴻さんは「平和の最大の敵は無関心である。戦争の最大の友も無関心である」と語りました。マザー・テレサは「愛の反対は無関心である」と言いました。何ができるのか? 小さな心の私は悩むばかりですが、だからこそ祈りたい。祈ることは関心を持つことであり、愛であると思うからです。

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